トーシツ警備員の雑談

トーシツ警備員の日常

僕は何者か

Twitterをやっていると、頑張っている人、悩んでる人、色んな価値観があります。僕は一体何者か。恐らく、僕は、警備員で一生を終えるでしょう。その中で、自分なりの楽しみを見つければいいのか。T Lに流れるツイートを読むと、自分が何をすればいいのか、わからなくなります。

僕は何者か

Twitterをやっていると、頑張っている人、悩んでる人、色んな価値観があります。僕は一体何者か。恐らく、僕は、警備員で一生を終えるでしょう。その中で、自分なりの楽しみを見つければいいのか。T Lに流れるツイートを読むと、自分が何をすればいいのか、わからなくなります。

精神障害者保健福祉手帳が交付された

f:id:yoshidataichou:20210913162656j:plain今日、市役所に行って、精神障害者保健福祉手帳が交付されました。

よく障害は個性だなどと言う人もいますが、承服しかねます。精神疾患は、苦しいだけで、何のメリットもないと思います。

僕が、障害者手帳を申請した理由は、自分は精神障害者で普通の人より劣るのだという事を覚悟したからでした。

ひきこもり体験

僕は、ひきこもりの期間が6、7年あります。今は、運良く警備員をやっていますが、辞めたら、再び、ひきこもり状態になると思います。

最初に、ひきこもったのは、大学1年の時、19歳から21歳まで。大学での人間関係。電車通学での、自己臭恐怖による幻聴。などが主な原因です。

半年くらいは、部屋から、一歩も出れない状態。毎日、自殺を考えていました。風呂も入らない。床屋にも行けないので、髪も女みたいに、伸び放題。ある時、意を決して、床屋で散髪すると、父が泣いて喜んでいました。

日中は、エロ本に空想。ある時は、自分が野球選手になり活躍。アイドルたちと恋愛。マスコミに追いかけられる場面など空想。またある時は、ベンチャー企業の社長で活躍。女優と浮名を流す場面を想像。

ふと気づくと、六畳の締め切った、ゴミ屋敷。その頃の僕には、現実の世界よりも、空想の世界の方が現実的でした。

1995年になり、1月に、阪神大震災。3月に、オウム真理教事件と続き、いても立ってもいられなくなり、6月から3か月間、交通誘導警備のアルバイトをしました。薬も服用しており、電車での移動も苦ではなくなりました。次の年、大学に復学できました。

自立支援医療と障害者手帳、問い合わせ

自立支援医療障害者手帳が、まだ郵送されないので、市役所に問い合わせてみました。

自立支援医療は、木曜日に郵送する、障害者手帳は、県の方から、何もないとのことでした。安心しました。

自立支援医療と障害者手帳、届かず

7月6日に、市役所で、自立支援医療障害者手帳の手続きをしました。が、まだ郵送されて来ません。母に言うと、10月までに来るといいます。病院の先生に言うと、市役所に問い合わせて下さいと言われました。

9月いっぱいが期限なので、心配です。

家族に感謝

家は、父が公務員で、母が専業主婦でした。4つ下の弟がいます。

僕は、家から出れない時期、いわゆる、ひきこもり期間が、6、7年あります。その間も、両親に、罵倒されたり、嫌味を言われたことが、ありません。無理矢理、一人暮らしさせられたり、就業させられてたら、無敵の人で、事件や事故をおこしていたかもしれません。

特に、弟からは、1度も、働けとか、学校行けと言われた事がありません。もし、弟に、みっともない、などと言われていたら、駄目になっていたでしょう。感謝してます。

縁あって警備員になって安月給ですが、自分で使えるお金があって、将棋の免状も取得できたし、書籍も買えるし、DVDも購入できるし、現在が、一番幸せなのかもしれません。

僕の場合は、家族が安全基地になってくれて、時期が来たら、働けるようになりました。家族に感謝です。